北海道移住計画コラム「北夢人」 > 田園に描く第二ステージ人の夢

北夢人

元気なうちに田園暮らしを始めたい。
旭川空港から車で約13分。旭川市の隣り東川町の田園地帯の一角に八木さんのお住まいはあります。きらきらと輝くような一面の銀世界の中に建つ三角屋根の住宅。人生の第二ステージとして、八木さんが日本中から探し出し、「ここなら」と選び取った場所。静かに夢を育んでいく田園暮らしの拠点です。
「これまでの大阪での生活は、朝6時に家を出て終電で帰る毎日の繰り返しの中で、元気なうちに都会を離れて自然の中で暮らしたいという、若いころからの夢を実現する準備をしてきました」と移住への思いを話す八木さん。一人っ子であるお嬢さんの結婚が決まり子育ての責任を果たしたこともあり、定年を待たずに移住することを決めました。そして移住先を絞り込むため、様々な専門誌を徹底的に読んだといいます。

沖縄と北海道のどちらに移住しようか。
全国各地の移住候補地を様々な点からチェックし、最終的に絞ったのは、北海道と沖縄。「北と南の対照的な地域で、どちらも自然が豊かですが、沖縄は暑く台風もあるので、北海道に軍配が上がりました。さらに、広い北海道の中から東川町を選んだのは、大雪山連峰に抱かれた自然の美しさはもちろん、空港に近く交通の便が良いこと、医療機関が近いこと、近くに温泉があることなどに加えて、町の人が移住に熱心だったことも大きな要因ですね」と話します。
「一昨年の10月に東川町を訪れて、現在の分譲地を見、目の前に広がる大雪山連峰の一大パノラマに感動。バス停に近い角地が気に入りました」。
そこがカワムラの分譲地だったことが、カワムラとの出会いでした。

寒冷地を知り尽くしたカワムラの家づくりに納得。
東川町に着いたその日にカワムラの会社を訪れてくださった八木さん。東川という寒
冷地に建てる家だけに、この寒さにどう対処するのか、八木さんからは鋭い質問が飛び交いました。「家に対しては、小さくても快適、安全、安心であることを第一に考えていました。東川は、夏はプラス30℃になり、冬はマイナス20℃にもなりますから、50℃という寒暖差をどうするのか。そうした基本的なことを率直に尋ねました」と八木さん。「アラスカで500年〜1000年を経たヒノキを使った土台で基礎がしっかりしていること、断熱、防音、防虫、地震対策など、すべてにわたって納得できる説明をしていただき、全面的に信頼できました。これまでは、全国に名を知られた大手のハウスメーカーで建てるのが安心だと思っていましたが、地元企業の方が、その
地域の気候風土に合った家づくりのノウハウを持っていることに感心しました」とう
れしい言葉をいただきました。請負契約の後は、大阪の八木さんに郵送で図面を送り、
ほとんど電話でのやり取りで家づくりが進められました。

部屋から見える十勝岳、夜空にきらめく星に感激。
平成18年6月、完成した家に入居。いよいよ念願の田園暮らしが始まりました。200坪
の広々とした敷地に、快適さと機能性、安全性が盛り込まれた家。居間や書斎の窓か
らは大雪山連峰を望むことができます。「外はマイナス10℃でも、家の中は大阪より
暖かい。これは驚きです。初めて東川に来たときは北極探検にでも行くような防寒着
を着て来ましたが、今では笑い話ですね。同居している82歳の母は温泉が大好きなの
で、旭岳温泉や白金温泉、層雲峡などが近いこともうれしいです。そして、どこを見
ても、どこへ行っても美しい自然に抱かれていることに感激しています。窓から見える山々をいつまでも眺めていたり、夜には星たちの輝きに見とれたりしています」。東川の冬は、チャイコフスキーの交響曲第一番『冬の日の幻想』にぴったりのイメージだと話すのは、クラシック音楽が大好きという八木さんらしい表現です。
東川移住を期に、パソコンも携帯電話も処分し「自然の中で、なるべく原始的に暮らしていきたい」といいます。「この美しい自然の中で、自分は何ができるのかを探していきたい」と話す八木さん。その表情は、さらなる夢に向かって輝いていました。


八木さん(北海道・東川町)

冬でも日中はほとんど
暖房が不要なほど
暖かいリビング

窓からの星空と
クラシックを楽しむ書斎